持っているものを欲する

今朝は実家に電話して、アメリカにいる両親と弟とテレビ電話で「感謝祭おめでとう」と言った。そして「何を感謝している」と聞くのは一つの伝統である。

あるお世話になった合気道の先生が「持っているもとを欲する」ということについて話したことがある。大概、欲は持っていない物に対して感じるが、持っているものを欲すると実際にその物があるのだから感謝する心が育つ。

方丈記で「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし」とある。地震、台風、怪我、急病、転職、津波など自然と人工の災いで突然変化が起こる。これを覚えたら、大切な人のありがたさが分かるだろう、馬が合わない人も気にならなくなるでしょう。持っている物を欲するというのは当たり前のことが奇跡だと意識することでもある。朝に目が覚めることは当たり前に思っているけど、寝て目が覚めない人もいたでしょう。美味しくて健康的な食べ物をいただけるのは当たり前に思っているけど、食べ物がないあるいは病気で食べることができない人もいるでしょう。愛する人に会えるのは当たり前に思っているけど、奇跡。仕事があること。健全であること。そもそも、ここでこの時刻に一緒にいるのは沢山の偶然が起きて初めてここに一緒にいる奇跡がある。

今日、私が感謝していること。日本に元々2年いるだろうと考えたのが気がついたらほぼ10年になって、それを可能にした人たち。寂しいときに遊んでくれた友達、迷ったときに道を示した師匠。日本語を喋るようにさせたトーストマスターズの仲間、仕事を教えた先輩、強く鍛えてくれた鳶職の職人、合気道で恵まれた朝から笑顔とハイテンションの人に囲まれること、金曜日の夜に一週間の締めを付ける港区合気会の仲間。

ある稽古で先生に「久しぶりだ、元気かい?」と聞かれたら、私が深いお辞儀をして動揺しながら「お久しぶりです。おかげさまで元気です」と答えたら、先生が「もうそんなに畏まらなくていいですよ。もういい男ですから。」といった。

確かに、気持ちはまだ青年かもしれないけど、鏡を見ると私はもう10年前の青い新卒じゃない。老けることも一つ感謝しないといけない。ふけることで時間の限りを感じて、ここにいる奇跡をより身近に感じられる。ニューヨーク協奏楽団の元指揮者Leonard Bernstein が言った「すばらしいことを成し遂げるには二つのことが必要。計画、そしてそれを実行するのにちょっと足りないこと。」気持ちが若くても、経験がたまってくるのと同時に見た目が老けてくることで周りに期待される。合気道でまだ分からないことが多いけれど、港区合気会の先生に黒帯を締めさせていることでちゃんと後輩の面倒を見なければいけないだろう。やんちゃなな動きをしてもよかった青年だった私にも次の成長が待っているでしょう。

ここにいる奇跡を十分尊重するには、そのときそのときを大切にしないと行けない。人はその歳にその歳しかできないことがある。そして、私は明日にしかできないことがあるので、もう寝ます。おやすみなさい。

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