恐怖の恵み

台北の東呉大学の稽古は先週の水曜日に初めて行ったが、黒帯が初心者と一緒に組む稽古だった。一時間くらい初心者と一緒に組む。

初心者は固定概念がないので、導いた方向にしか行かない。しかも、技の流れの中で急に警戒して緊張を入れるところがある。そのときに黒帯として、怪我させない、あんまり痛みを感じさせないようにしないと行けない。勉強になる。

そして、相手のが緊張するところはおそらく、自己の集中が途切れていることによっての流れの乱れ。技が一つの流れになっていれば、相手がその流れの中で緊張する隙間がないだろう。

しかも初心者は真剣に学んでいる。この前の稽古で腕押さえ第一教の技法をやっていたら、初心者はバランスが崩れたときに緊張して、お互いの流れが止まった。そのときに、こちらから腰を効かせて、切り落として押さえた。相手が立ち上がったら、痛たそうな顔をした。大丈夫ですかと聞くと、相手が喋らずに頷いた。相手の強さで感動した。そして反省して、私が技の形にこだわり過ぎていると思った。もっと相手を重んじて反応すべきだろう。

今思うと、こういう経験は必要なのだ。相手が痛みを乗り越えて強くなれる。こっちが反省して、自己のこだわりを手放せる。道場の外でこれに気づかせるような機会はなかなかない。こうして、恐怖、緊張、警戒、信頼、苦痛、哀れみ、反省、等の気持ちを安全にお互いに提供する場を設けるのは、むしろ武道の形の本当の意味。

道場の外での日頃の生活でも学んだのを活かせたい。

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