卒業

中学校を卒業した時が思い浮かぶ。式はなかった。朝はいつものようにバスで学校に行き、午後はいつものように学校からバスに乗ったかえった。乗って帰る道に特別な会話もしていないが、心ではこう乗って帰るのがこれで最後だなと思った。
長い夏休みの向こうに、高校で何が起こるのか、何を学ぶのかがわからなかったが、分からないことだらけけど、それは少しも怖くなかった。
そのいつもと変わらない最後の午後が終わりと始まりの間の隙間時間。もう少しこの隙間でいるよう、スクールバスの運転手に少し家から離れた所で降ろしてもらった。運転手もそれでルートが短くなって喜んでいた。
6月のジョージア州の暑い南部の夏で歩いた。中学は惜しんだが、戻りたくはなった。これからもっと大きいことをやる。
今はあれから二十年以上も後。たくさんできたが、時間が全然足りないだろう。今日は事務所で同僚が病院こら帰ってきて話した。慢性的胃潰瘍で病んでいるが、検査は通常だった。通常という気持ちじゃなかったから、寧ろ通常だという検査結果で不安だといった。体が正常に感じないから、理由が知りたかった。それで他に胃潰瘍になった人の話と内臓脂肪について話した。文明病。この体の使わない、残業が長い仕事のせいかと話していた。
いつか、私がサラリーマンをも卒業するのだろうか。まずは命を燃やすのを辞める。今の仕事のやり方を辞める。
一度コンサル会社の面接で、なんで日本に引っ越したと聞かれた。日本の美学に惹かれたと説明した。例えば生花の間の使い方、慎み、静けさ。ギューと詰める西洋の美と違う。日本でこれが人の会話、ビルの設計、すべてに染み透っている。相手が戸惑った。発展しているアジアの経済に近づきたいという気持ちもあったんだろう、と提案した。
「いや、それはなかったね。」と私が答えた。話の中で、この人はまだ小学校を卒業をしてないだろうと思った。先生が好む答えたを出して、成績を請っている。先生が会社、成績がお金となったが、外的要因で人生を図っているだろう。
私の理想像。今の仕事のやり方を卒業する。少しでも自分も周りの人も楽しく仕事ができるよう。新人が部署に入り、益々権力と知識を周りの人に与えている。自立させて仕事を託す。私のことが要らなくなるほど周りの人を育てたい。
この二十年が速いのか、遅いのか。たくさん起こったが、まだ中学の最後の日が鮮やかに思い浮かぶ、そして自分の理想にはさほどぶれていない。今その時の自分と会ったら、友達になれるのだろう。
そして今の自分と二十年後の自分と会ったら、友達になれるのか。私には亡くなっている自分の英雄と先生リストも年々増えているし、全然時間が足りない。何日が残っているかも分からないが、今まで生きている人には、平等にこの1日が与えられ、明日も願わくは1日が与えられる。
これからの卒業は、静かで式がないし、内的な考え方の変化であっても、際立って自分で決めよう。

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